鶏肉のトマト煮。
2010年07月18日
先日、いとこのパソコントラブルを対処していたところ、もう一人のいとこも
パソコンがトラブッているとのことだった。
その場で電話を入れると、一ヶ月ほど前からインターネットが動いていない
とのことだった。サポートセンターに連絡しているが、未だ解決しないとのこと。
日程を調整して、昨日現地へ向かった。鞍手郡の小竹町で、福岡市内から
は車で1時間半程のところだ。
トラブルは直ぐに解決し、その後はご主人と共に世間話に花が咲いた。
帰り際に家の廻りを案内していただいたが、凄い広さの敷地だった。というか
裏山の一部には竹林があり、春はタケノコが採れるような地主さんだった。昔、
両親が訪ねて土産にタケノコを貰ったことを、何度も聞かされたものだった。
裏山の稜線が隣との境界線で、家の廻りには広い畑もあった。30mはあろう
かと思われる銀杏の木もあった。広さは千坪単位と思われ、庶民の感覚では
想像できないものだった。
色々お土産を貰ったが、畑で取れたトマトも入っていた。
本日の夕食は、そのトマトを使った料理をネットで検索して、「鶏肉のトマト煮」
に決めました。夕食時は残った白ワインでお袋とグラスを傾けました。
「鶏肉のトマト煮」です。

奥のネットが掛かっているところがトマト畑です。

材料一式です。

下ごしらえが終わったところです。
鶏肉は一口大に切って、塩・胡椒します。
トマトは湯むきしました。(初体験)

フライパンにバターとニンニクを入れ、香りが出たところで
鶏肉を入れてソテーし、白ワインを加えて10分程煮込みます。

湯むきしたトマトとオリーブオイル、ブイヨン、ローリエ、
赤唐辛子を加え、隠し味に醤油を垂らして煮込みます。
最後に生クリームを加えて味をまろやかにさせます。
パソコンがトラブッているとのことだった。
その場で電話を入れると、一ヶ月ほど前からインターネットが動いていない
とのことだった。サポートセンターに連絡しているが、未だ解決しないとのこと。
日程を調整して、昨日現地へ向かった。鞍手郡の小竹町で、福岡市内から
は車で1時間半程のところだ。
トラブルは直ぐに解決し、その後はご主人と共に世間話に花が咲いた。
帰り際に家の廻りを案内していただいたが、凄い広さの敷地だった。というか
裏山の一部には竹林があり、春はタケノコが採れるような地主さんだった。昔、
両親が訪ねて土産にタケノコを貰ったことを、何度も聞かされたものだった。
裏山の稜線が隣との境界線で、家の廻りには広い畑もあった。30mはあろう
かと思われる銀杏の木もあった。広さは千坪単位と思われ、庶民の感覚では
想像できないものだった。
色々お土産を貰ったが、畑で取れたトマトも入っていた。
本日の夕食は、そのトマトを使った料理をネットで検索して、「鶏肉のトマト煮」
に決めました。夕食時は残った白ワインでお袋とグラスを傾けました。
「鶏肉のトマト煮」です。
奥のネットが掛かっているところがトマト畑です。
材料一式です。
下ごしらえが終わったところです。
鶏肉は一口大に切って、塩・胡椒します。
トマトは湯むきしました。(初体験)
フライパンにバターとニンニクを入れ、香りが出たところで
鶏肉を入れてソテーし、白ワインを加えて10分程煮込みます。
湯むきしたトマトとオリーブオイル、ブイヨン、ローリエ、
赤唐辛子を加え、隠し味に醤油を垂らして煮込みます。
最後に生クリームを加えて味をまろやかにさせます。
博多祇園山笠の追い山。
2010年07月16日
博多祇園山笠の追い山が昨日早朝にあった。
櫛田神社に入った八つの流れ(ひき山)が順次、須崎町までの5kmを
担いで疾走する物である。一番は29分37秒の「東流」だった。
早朝5時の開始だが、沿道には観光客や地元のファンが大勢見物に
来ていた。今回は雨の中だったので「勢い水」とともにびしょ濡れの30分
だったようだ。
これから博多の本格的な夏が始る。
博多駅前の「十五番山笠」です。
実際に走る山はこの半分の高さです。

櫛田神社です。

キャナルシティの山笠です。
櫛田神社に入った八つの流れ(ひき山)が順次、須崎町までの5kmを
担いで疾走する物である。一番は29分37秒の「東流」だった。
早朝5時の開始だが、沿道には観光客や地元のファンが大勢見物に
来ていた。今回は雨の中だったので「勢い水」とともにびしょ濡れの30分
だったようだ。
これから博多の本格的な夏が始る。
博多駅前の「十五番山笠」です。
実際に走る山はこの半分の高さです。
櫛田神社です。
キャナルシティの山笠です。
温泉巡り(熊野の郷)
2010年07月09日
久し振りの温泉行だった。いつもの学生時代の友人四人組だ。
今回は阪神甲子園にある鳴尾浜温泉「熊野の郷」に行ってきた。
「熊野」という名前が付いているので店の人に聞いてみると、
やはり和歌山の会社だった。他にも三田や松阪にもあるようだ。
甲子園と言っても、生駒から直通電車があるので至極便利だ。
快速急行で50分で着いた。甲子園駅に無料シャトルバスが
来てくれるので、それに乗って10分ほどで温泉に着いた。
源泉掛け流しの湯にゆっくりと浸かり、疲れを落としてから
宴会(昼食)の席に向かった。平日なのでかなり空いていた。
温泉の後は、甲子園の「ララポート」に向かった。ここでし
ばらくダベリングを決め込むためだ。
聞くところに寄ると、ここは昔「阪神パーク」があり、「レ
オポン」が有名だったようだ。そのあと遊園地の衰退の波に
飲み込まれて、一時住宅展示場になり、その後イトーヨーカド
ーが進出して「ララポート」を作ったようだ。
関東では「船橋のララポート」が有名である。
イオンモールに良く似ているが、それはイオンがララポート
の真似をしたからのようである。その辺の事情には疎い!!
鳴尾浜という場所で、直ぐ南が海のようです。

昼食は「牛しぐれ煮膳」を選びました。
もちろん、生ビールを引っかけたのは言うまでもありません。

今回は阪神甲子園にある鳴尾浜温泉「熊野の郷」に行ってきた。
「熊野」という名前が付いているので店の人に聞いてみると、
やはり和歌山の会社だった。他にも三田や松阪にもあるようだ。
甲子園と言っても、生駒から直通電車があるので至極便利だ。
快速急行で50分で着いた。甲子園駅に無料シャトルバスが
来てくれるので、それに乗って10分ほどで温泉に着いた。
源泉掛け流しの湯にゆっくりと浸かり、疲れを落としてから
宴会(昼食)の席に向かった。平日なのでかなり空いていた。
温泉の後は、甲子園の「ララポート」に向かった。ここでし
ばらくダベリングを決め込むためだ。
聞くところに寄ると、ここは昔「阪神パーク」があり、「レ
オポン」が有名だったようだ。そのあと遊園地の衰退の波に
飲み込まれて、一時住宅展示場になり、その後イトーヨーカド
ーが進出して「ララポート」を作ったようだ。
関東では「船橋のララポート」が有名である。
イオンモールに良く似ているが、それはイオンがララポート
の真似をしたからのようである。その辺の事情には疎い!!
鳴尾浜という場所で、直ぐ南が海のようです。
昼食は「牛しぐれ煮膳」を選びました。
もちろん、生ビールを引っかけたのは言うまでもありません。
宝山寺みそを使って。
2010年06月30日
パラグアイ戦は残念だった!!
でも最後の力を振り絞った戦いだった。選手達の帰国報告が楽しみだ。
今日は生駒聖天の「宝山寺みそ」を使った料理だ。
「ニラ・ジャガの味噌炒め」といった料理で、夏バテに持ってこいだ。
・材料:にら・一束、ジャガイモ・2個、豚ミンチ・150g、ニンニク・一片
宝山寺みそ・大さじ5、ゴマ油・大さじ2
・作り方:
①ニラは3センチに、ジャガイモは1センチ角に切る。
(ジャガイモは切った後、水に晒し余分なデンプンを洗い落として
おき、水を切ったあと少し油でコーティングしておく)
②事前にジャガイモは電子レンジで火を通しておくと出来上がりが早い。
③フライパンに油を引きニンニクを弱火で炒め、油にニンニクの香りを
移しておく。その後豚ミンチを入れて強火で色が変わるまで炒める。
④ジャガイモを入れて、一緒に「宝山寺みそ」を加えて炒める。
⑤ニラを入れて軽く火を通し、最後にゴマ油を振りかけて出来上がり。
材料を細かく切るので、両親も美味しく食べてくれたようだ。
本来は「宝山寺みそ」ではなく、赤味噌と砂糖、酒で味付けするものだが、
この「宝山寺みそ」も同じ材料なので、試しに使ってみたらバッチリだった。
「宝山寺みそ」は生駒聖天さんはもちろんだが、生駒の「アントレいこま」
(近鉄百貨店)の食品売場でも扱っている。
材料一式です。

ニンニクと豚ミンチを炒めます。

ジャガイモと「宝山寺みそ」を加えます。

ニラを加えて炒め、最後にゴマ油を振りかけて出来上がりです。

両親との三人分の盛りつけです。

でも最後の力を振り絞った戦いだった。選手達の帰国報告が楽しみだ。
今日は生駒聖天の「宝山寺みそ」を使った料理だ。
「ニラ・ジャガの味噌炒め」といった料理で、夏バテに持ってこいだ。
・材料:にら・一束、ジャガイモ・2個、豚ミンチ・150g、ニンニク・一片
宝山寺みそ・大さじ5、ゴマ油・大さじ2
・作り方:
①ニラは3センチに、ジャガイモは1センチ角に切る。
(ジャガイモは切った後、水に晒し余分なデンプンを洗い落として
おき、水を切ったあと少し油でコーティングしておく)
②事前にジャガイモは電子レンジで火を通しておくと出来上がりが早い。
③フライパンに油を引きニンニクを弱火で炒め、油にニンニクの香りを
移しておく。その後豚ミンチを入れて強火で色が変わるまで炒める。
④ジャガイモを入れて、一緒に「宝山寺みそ」を加えて炒める。
⑤ニラを入れて軽く火を通し、最後にゴマ油を振りかけて出来上がり。
材料を細かく切るので、両親も美味しく食べてくれたようだ。
本来は「宝山寺みそ」ではなく、赤味噌と砂糖、酒で味付けするものだが、
この「宝山寺みそ」も同じ材料なので、試しに使ってみたらバッチリだった。
「宝山寺みそ」は生駒聖天さんはもちろんだが、生駒の「アントレいこま」
(近鉄百貨店)の食品売場でも扱っている。
材料一式です。
ニンニクと豚ミンチを炒めます。
ジャガイモと「宝山寺みそ」を加えます。
ニラを加えて炒め、最後にゴマ油を振りかけて出来上がりです。
両親との三人分の盛りつけです。
木耳肉に挑戦。
2010年06月28日
久し振りの料理ネタだ。
木耳肉(ムースーロー)に挑戦した。キクラゲの卵炒めといったところだ。
本来の木耳肉はキクラゲと豚肉、卵、タマネギ又はタケノコを炒めた簡単な
料理だが、今回はそれに彩りとしてホウレン草と赤ピーマンなどを加えた。
キクラゲの食感が好きで、外食の中華料理でもよく食べる。
作り方は写真と一緒に載せておくので、挑戦される場合は参考にされたし。
約半月振りの更新だが、最近は「キーボード」に集中していて、中々ブログ
の更新まで手が回らなかった。少しずつ曲を覚えているが、60歳を過ぎてか
らの手習いなので「一歩前進、三歩後退」といったところである。
キーボード練習も三ヶ月経過し、三日坊主にならなくて済んだようだ。
これからは以前のようにブログの更新もしながら、キーボードとも付き合って
いきたい。ただ、最近は全国的に梅雨に入ったこともあり、外で写真を撮る機会
が減ってきている。本格的なブログ再開はこの梅雨が明けてからになるだろう。
木耳肉(ムースーロー)の作り方は以下の通りです。
材料は以下の通りです。
キクラゲは事前にお湯で戻しておきます。

それぞれの材料を切り揃えます。
豚肉は一口大に切り、事前に醤油、酒、片栗粉
各小さじ一杯で下味をつけておきます。
一番下は合わせ調味料です。

まず、塩・砂糖少々で味付けした卵を
半熟程度に炒め、一端取りだしておきます。

同じフライパンに油を引き香味野菜(ネギ、ショウガ、
ニンニク)を炒めます。その後豚肉を炒めます。

豚肉に火が通ったら残りの野菜を炒めます。
全体の出来上がりを見て、合わせ調味料を加えます。
(合わせ調味料:酒大さじ1,醤油・砂糖各小さじ1、塩少々)

最後に、最初に炒めた半熟卵を戻して全体にからめます。
器に盛りつけして出来上がりです。合わせ調味料は好みで調整して下さい。
90歳を過ぎた両親が食べますので、材料を細かく切っていますが、
普通はもう少し大きめに切った方が美味しいでしょう!!

木耳肉(ムースーロー)に挑戦した。キクラゲの卵炒めといったところだ。
本来の木耳肉はキクラゲと豚肉、卵、タマネギ又はタケノコを炒めた簡単な
料理だが、今回はそれに彩りとしてホウレン草と赤ピーマンなどを加えた。
キクラゲの食感が好きで、外食の中華料理でもよく食べる。
作り方は写真と一緒に載せておくので、挑戦される場合は参考にされたし。
約半月振りの更新だが、最近は「キーボード」に集中していて、中々ブログ
の更新まで手が回らなかった。少しずつ曲を覚えているが、60歳を過ぎてか
らの手習いなので「一歩前進、三歩後退」といったところである。
キーボード練習も三ヶ月経過し、三日坊主にならなくて済んだようだ。
これからは以前のようにブログの更新もしながら、キーボードとも付き合って
いきたい。ただ、最近は全国的に梅雨に入ったこともあり、外で写真を撮る機会
が減ってきている。本格的なブログ再開はこの梅雨が明けてからになるだろう。
木耳肉(ムースーロー)の作り方は以下の通りです。
材料は以下の通りです。
キクラゲは事前にお湯で戻しておきます。
それぞれの材料を切り揃えます。
豚肉は一口大に切り、事前に醤油、酒、片栗粉
各小さじ一杯で下味をつけておきます。
一番下は合わせ調味料です。
まず、塩・砂糖少々で味付けした卵を
半熟程度に炒め、一端取りだしておきます。
同じフライパンに油を引き香味野菜(ネギ、ショウガ、
ニンニク)を炒めます。その後豚肉を炒めます。
豚肉に火が通ったら残りの野菜を炒めます。
全体の出来上がりを見て、合わせ調味料を加えます。
(合わせ調味料:酒大さじ1,醤油・砂糖各小さじ1、塩少々)
最後に、最初に炒めた半熟卵を戻して全体にからめます。
器に盛りつけして出来上がりです。合わせ調味料は好みで調整して下さい。
90歳を過ぎた両親が食べますので、材料を細かく切っていますが、
普通はもう少し大きめに切った方が美味しいでしょう!!
昼からお寿司。
2010年06月15日
昨日は親父の病院付添いだった。3ヶ月に1回は福岡市内の大病院
へ治療に行っている。昼前に家を出て早めの昼食をデパートでとった。
親父が「寿司」を食べたいというので、デパートのレストラン街の
寿司店に入った。ランチメニューに寿司セットが1600円であった
のでそれにしようと思ったら、もう少し上がいいというので、250
0円を指差したら、さらにもう一段上を指定してきた。3700円の
「特上にぎり」だった。
奈良の我が家では、家内が所用で昼食を作れない時はワンコイン
(500円)が支給される。1600円でもかなり奮発した昼食なので、
3700円は眼が飛び出るような値段だったが、親父の財布からだっ
たので素直にご馳走になった。
今月の25日で親父も92歳になるので、誕生祝いも兼ねて納得して
食べることにした。親父もたまの外食ということもあり、美味しいもの
を食べたいという思いがあったようだ。
外出には車椅子を利用しているので、親父の外食もこれからそう多く
は望めないだろう。「特上にぎり」ということもあり、僅か9貫の小さめの
お寿司だったが、一個一個にトッピングと味がついており、たまりを
一切漬けない極上の寿司だった。茶碗蒸しやおすまし、デザートが
付いており、親父も久し振りのお寿司を堪能したようだ。
デジカメを持って行かなかったので、写真は無しです。替わりに家の
近くで移した写真をアップします。
「モモイロヒルサキツキミソウ」です。

「ニゲラ」(黒種草)です。

「ゼニアオイ」です。
へ治療に行っている。昼前に家を出て早めの昼食をデパートでとった。
親父が「寿司」を食べたいというので、デパートのレストラン街の
寿司店に入った。ランチメニューに寿司セットが1600円であった
のでそれにしようと思ったら、もう少し上がいいというので、250
0円を指差したら、さらにもう一段上を指定してきた。3700円の
「特上にぎり」だった。
奈良の我が家では、家内が所用で昼食を作れない時はワンコイン
(500円)が支給される。1600円でもかなり奮発した昼食なので、
3700円は眼が飛び出るような値段だったが、親父の財布からだっ
たので素直にご馳走になった。
今月の25日で親父も92歳になるので、誕生祝いも兼ねて納得して
食べることにした。親父もたまの外食ということもあり、美味しいもの
を食べたいという思いがあったようだ。
外出には車椅子を利用しているので、親父の外食もこれからそう多く
は望めないだろう。「特上にぎり」ということもあり、僅か9貫の小さめの
お寿司だったが、一個一個にトッピングと味がついており、たまりを
一切漬けない極上の寿司だった。茶碗蒸しやおすまし、デザートが
付いており、親父も久し振りのお寿司を堪能したようだ。
デジカメを持って行かなかったので、写真は無しです。替わりに家の
近くで移した写真をアップします。
「モモイロヒルサキツキミソウ」です。
「ニゲラ」(黒種草)です。
「ゼニアオイ」です。
ジョギング道すがら。
2010年05月31日
10日振りの更新だ。
福岡に戻ったがブログのネタが無く、リードオンリーになっていた。
5月10日に「奈良マラソン2010」の申し込みが始り、その日の内
に申し込んだところだ。聞くところによると、5日間で定員の1万人が一
杯になったようだ。初日に4千人が申し込み、残りの4日間で6千人が申
し込んだようだ。(kobutaさん情報による)
所属するランニングクラブのメンバーでも申し込みできなかった人もい
るとのことだった。
「奈良マラソン2010」は12月5日が本番なので、あと半年後になる。
そろそろ本格的に練習を始めないと間に合わないと思い、早速昨日から
ジョギングを再スタートした。とは言っても一人なので、近所の公園にあ
る周回コースを10kmほど走っただけである。
写真はその時に撮したものです。
「キンシバイ」(金糸梅)です。

「シモツケ」(下野)です。

「ビヨウヤナギ」(未央柳)です。

青空に伸びる「ヤマボウシ」(山法師)です。
「ハナミズキ」(花水木)と間違えそうですね。

「アジサイ」(紫陽花)がそろそろ顔を出してきました。

白い「ホタルブクロ」(蛍袋)です。

福岡に戻ったがブログのネタが無く、リードオンリーになっていた。
5月10日に「奈良マラソン2010」の申し込みが始り、その日の内
に申し込んだところだ。聞くところによると、5日間で定員の1万人が一
杯になったようだ。初日に4千人が申し込み、残りの4日間で6千人が申
し込んだようだ。(kobutaさん情報による)
所属するランニングクラブのメンバーでも申し込みできなかった人もい
るとのことだった。
「奈良マラソン2010」は12月5日が本番なので、あと半年後になる。
そろそろ本格的に練習を始めないと間に合わないと思い、早速昨日から
ジョギングを再スタートした。とは言っても一人なので、近所の公園にあ
る周回コースを10kmほど走っただけである。
写真はその時に撮したものです。
「キンシバイ」(金糸梅)です。
「シモツケ」(下野)です。
「ビヨウヤナギ」(未央柳)です。
青空に伸びる「ヤマボウシ」(山法師)です。
「ハナミズキ」(花水木)と間違えそうですね。
「アジサイ」(紫陽花)がそろそろ顔を出してきました。
白い「ホタルブクロ」(蛍袋)です。
プロ野球観戦。
2010年05月21日
数十年ぶりに「プロ野球」を京セラドーム大阪球場で観戦した。
元々福岡出身なので、当時の「西鉄ライオンズ」ファンだったが、色々と
身売りが続いて、現在は「西武ライオンズ」ファンとなっている。
西鉄ライオンズ時代は中西、豊田、稲尾、大下、仰木などのスター選手目
当てに、平和台球場へ通ったものだ。
選手通路まで行って、稲尾の背中にしがみついた覚えがある。背中とは言
っても当時は小学生だったのでお尻を触った程度だが。
当時はまだ巨人の長嶋選手が立教大学から入団したばかりで、オープン戦
の時に3塁ベースで守っている姿を間近に見た記憶がある。王選手もまだ投
手から野手に転向したばかりでひよっこだった。
西武ファンとは言っても所沢球場は遠いので、テレビだけの応援だった。
先日友人からプロ野球の観戦チケットが入手できたから、見に行かないか
とのお誘いがあった。特に予定もなかったので、即OKの返事をした。
実際のカードは「セ・パ交流戦」ということで、「オリックス対広島」だった。
ドーム球場に着くと、案内されたのは8階のビスタルームだった。ここは
部屋とバルコニーがセットになっていて、部屋のテレビで野球を観戦しながら、
ルームサービスで飲食ができ、またプライベートバルコニーから実際の野球
を観戦できるという年間契約タイプの場所だった。
久し振りに王様気分で、野球を堪能できた一日だった。
球団マスコットが掛け合いで観戦の説明をしていた。

チアガール?が開始前の場内を盛り上げていた。

オリックスと広島カープのスターティングメンバー。
オリックスは以前ブレーブスと名乗っていたと思うが
近鉄バッファローズと合流したので名前を残しているのか?

試合開始前の「君が代」斉唱風景。

ちびっ子の始球式。

修学旅行生らしき団体も観戦に来ていた。
一生懸命弁当にかぶりついていた。

広島カープの応援は敵地にもかかわらず力が入っていた。
そのせいかどうか判らないが試合結果は「8:2」と広島カープの圧勝だった。
元々福岡出身なので、当時の「西鉄ライオンズ」ファンだったが、色々と
身売りが続いて、現在は「西武ライオンズ」ファンとなっている。
西鉄ライオンズ時代は中西、豊田、稲尾、大下、仰木などのスター選手目
当てに、平和台球場へ通ったものだ。
選手通路まで行って、稲尾の背中にしがみついた覚えがある。背中とは言
っても当時は小学生だったのでお尻を触った程度だが。
当時はまだ巨人の長嶋選手が立教大学から入団したばかりで、オープン戦
の時に3塁ベースで守っている姿を間近に見た記憶がある。王選手もまだ投
手から野手に転向したばかりでひよっこだった。
西武ファンとは言っても所沢球場は遠いので、テレビだけの応援だった。
先日友人からプロ野球の観戦チケットが入手できたから、見に行かないか
とのお誘いがあった。特に予定もなかったので、即OKの返事をした。
実際のカードは「セ・パ交流戦」ということで、「オリックス対広島」だった。
ドーム球場に着くと、案内されたのは8階のビスタルームだった。ここは
部屋とバルコニーがセットになっていて、部屋のテレビで野球を観戦しながら、
ルームサービスで飲食ができ、またプライベートバルコニーから実際の野球
を観戦できるという年間契約タイプの場所だった。
久し振りに王様気分で、野球を堪能できた一日だった。
球団マスコットが掛け合いで観戦の説明をしていた。
チアガール?が開始前の場内を盛り上げていた。
オリックスと広島カープのスターティングメンバー。
オリックスは以前ブレーブスと名乗っていたと思うが
近鉄バッファローズと合流したので名前を残しているのか?
試合開始前の「君が代」斉唱風景。
ちびっ子の始球式。
修学旅行生らしき団体も観戦に来ていた。
一生懸命弁当にかぶりついていた。
広島カープの応援は敵地にもかかわらず力が入っていた。
そのせいかどうか判らないが試合結果は「8:2」と広島カープの圧勝だった。
長谷寺参り。
2010年05月20日
先日、長谷寺へ友人3人と出かけた。
その内の一人は奈良在住だが「長谷寺」は初めてということだった。
「ボタン」も最盛期は過ぎていたが、まだ少し残っておりその余韻を
楽しむ事が出来た。
長谷寺の階段を登っているときに、前の集団が御詠歌を詠いながら登っ
ていた。BGMとしてはこれ以上ないようなシチュエーションだったので
その歌をじっくり聴きながらゆっくりと一緒に登った。
本堂まで上がると、かなりの人で一杯だった。納経所で朱印帳に記し
てもらっている時に聞くと、本日は「御詠歌の大会」とのことだった。
長谷寺を総本山とする真言宗豊山派の末寺から、多数の檀家の方々が
日頃の信心の成果を発表する場所のようだ。
階段を上るときに聞いた「御詠歌」はそのリハーサルを兼ねたものの
ようだった。
本堂の板の間ではいくつもの団体が入れ替わりで「御詠歌」を披露し
ていた。鈴の音に合わせた御詠歌が、堂内を荘厳な雰囲気にしていた。
もう一人の友人はその本堂の中で「御詠歌」にじっくりと聴き入って
いた。待っている方としては10分位に思えたが、実際は5分位だった
のかも知れない。満足した様子で出てきた。
五重塔を拝み、舞台で新緑を愛でたあと、次の目的の温泉へ向かった。
温泉は「大宇陀温泉あきののゆ」だった。前日に連れ合いに言うと、
昔一度家族で行ったとのことだった。
全く覚えていない。若年性認知が進行しているのかなと思うほどだ。
食事の後、ゆっくり温泉を楽しんで帰路についた。
温泉の写真を撮り忘れたので、今回は「長谷寺参り」とした次第だ。
「長谷寺」の最初の屋根付き階段です。
ここを「御詠歌」を聴きながら登りました。

本堂の舞台から見た「五重塔」です。
新緑が眩しいほどでした。

奥の「日限地蔵」前にある可愛い仏さん達です。
その内の一人は奈良在住だが「長谷寺」は初めてということだった。
「ボタン」も最盛期は過ぎていたが、まだ少し残っておりその余韻を
楽しむ事が出来た。
長谷寺の階段を登っているときに、前の集団が御詠歌を詠いながら登っ
ていた。BGMとしてはこれ以上ないようなシチュエーションだったので
その歌をじっくり聴きながらゆっくりと一緒に登った。
本堂まで上がると、かなりの人で一杯だった。納経所で朱印帳に記し
てもらっている時に聞くと、本日は「御詠歌の大会」とのことだった。
長谷寺を総本山とする真言宗豊山派の末寺から、多数の檀家の方々が
日頃の信心の成果を発表する場所のようだ。
階段を上るときに聞いた「御詠歌」はそのリハーサルを兼ねたものの
ようだった。
本堂の板の間ではいくつもの団体が入れ替わりで「御詠歌」を披露し
ていた。鈴の音に合わせた御詠歌が、堂内を荘厳な雰囲気にしていた。
もう一人の友人はその本堂の中で「御詠歌」にじっくりと聴き入って
いた。待っている方としては10分位に思えたが、実際は5分位だった
のかも知れない。満足した様子で出てきた。
五重塔を拝み、舞台で新緑を愛でたあと、次の目的の温泉へ向かった。
温泉は「大宇陀温泉あきののゆ」だった。前日に連れ合いに言うと、
昔一度家族で行ったとのことだった。
全く覚えていない。若年性認知が進行しているのかなと思うほどだ。
食事の後、ゆっくり温泉を楽しんで帰路についた。
温泉の写真を撮り忘れたので、今回は「長谷寺参り」とした次第だ。
「長谷寺」の最初の屋根付き階段です。
ここを「御詠歌」を聴きながら登りました。
本堂の舞台から見た「五重塔」です。
新緑が眩しいほどでした。
奥の「日限地蔵」前にある可愛い仏さん達です。
ジョギング道すがら。
2010年05月19日
久し振りの更新だ。
福岡から奈良へ戻ってきて、バタバタしていたので更新が途絶えていた。
先日のジョギングで撮した道端の花々をアップする。
歩道の植え込みにあった「マツバギク」(松葉菊)です。

珍しい白の「タツナミソウ」(立浪草)です。
普通は青や紫の物が多いようです。

白い「ニワゼキショウ」(庭石菖)です。

ピンクの「ニワゼキショウ」です。

「クロタネソウ」(黒種草)、通称「ニゲラ」です。
黒いつぼみですが、綺麗な花が咲きます。

「ミヤコグサ」(都草)です。
強い野草でシロツメグサ(クローバー)が育たない土地でも
根を張って黄色い花を咲かせます。
福岡から奈良へ戻ってきて、バタバタしていたので更新が途絶えていた。
先日のジョギングで撮した道端の花々をアップする。
歩道の植え込みにあった「マツバギク」(松葉菊)です。
珍しい白の「タツナミソウ」(立浪草)です。
普通は青や紫の物が多いようです。
白い「ニワゼキショウ」(庭石菖)です。
ピンクの「ニワゼキショウ」です。
「クロタネソウ」(黒種草)、通称「ニゲラ」です。
黒いつぼみですが、綺麗な花が咲きます。
「ミヤコグサ」(都草)です。
強い野草でシロツメグサ(クローバー)が育たない土地でも
根を張って黄色い花を咲かせます。
母の日プレゼント。
2010年05月10日
昨日は「母の日」だった。
お袋は先日「卒寿」のお祝いをしたところだが、テレビでも流れており
世間の慣習に従って、我が家でも「母の日」のプレゼントをした。
とは言っても「カーネーションの花」と小さなチョコレートを渡しただ
けである。お袋もよく意味が判らないまま「ありがとう」と行ってくれた。
以前は「母の日」ということで、それなりのものを送っていたが、最近
は認知も進み理解できなくなってきたので、こちらの気持ちだけのプレゼ
ントになっている。
5月の連休中は千葉から妹一家が介護の世話に来ていたが、仕事も始ま
り8日(土)に戻った。また昨日からいつもの3人の生活が始った。
プレゼントの「カーネーション」です。

いつもの「テッセン」(クレマチス)が咲きました。

玄関の赤い「ミニバラ」です。

こちらも、いつもの「ミヤコワスレ」です。
お袋は先日「卒寿」のお祝いをしたところだが、テレビでも流れており
世間の慣習に従って、我が家でも「母の日」のプレゼントをした。
とは言っても「カーネーションの花」と小さなチョコレートを渡しただ
けである。お袋もよく意味が判らないまま「ありがとう」と行ってくれた。
以前は「母の日」ということで、それなりのものを送っていたが、最近
は認知も進み理解できなくなってきたので、こちらの気持ちだけのプレゼ
ントになっている。
5月の連休中は千葉から妹一家が介護の世話に来ていたが、仕事も始ま
り8日(土)に戻った。また昨日からいつもの3人の生活が始った。
プレゼントの「カーネーション」です。
いつもの「テッセン」(クレマチス)が咲きました。
玄関の赤い「ミニバラ」です。
こちらも、いつもの「ミヤコワスレ」です。
お袋の卆寿祝い。(正式版)
2010年05月05日
お袋が90歳になり、「卆寿」のお祝いをした。
近くの「チャイナ・梅の花」で、7人で祝った。
両親とその子供達3人、下の妹の旦那と息子の計7人だった。
チャイナということで、中華風の豆腐料理だった。
事前に親父の車椅子が入れるかどうかを確認したが、大丈夫とのことだった。
実際にお店に行くと、座敷に上がる処にスロープが付いており、そのまま車
椅子で上がれた。(上がる前にタイヤを雑巾で拭いてくれた)
そして、廊下を通って座敷まで入り、個室は「堀炬燵形式」だったので、そ
こだけ車椅子から降ろして、座椅子に座ってもらった。
始る前にお袋に花束を渡して、「卆寿」のお祝いを伝えた。
今回のコース料理は、一品毎の量が少なく両親には丁度よかったようだ。
お袋も最後のお粥を少し残しただけで、殆ど平らげていた。
次は親父の「珍寿」(95歳)が2年後に控えているので、それまで元気に
頑張って欲しいところだ。
「チャイナ・梅の花」の料理です。

コース料理のお品書き

久し振りに親子全員が揃いました。
肝心のお袋が横を向いていますが!

お祝いということで、お店からのサービスです。

最後は「杏仁豆腐」でした。
近くの「チャイナ・梅の花」で、7人で祝った。
両親とその子供達3人、下の妹の旦那と息子の計7人だった。
チャイナということで、中華風の豆腐料理だった。
事前に親父の車椅子が入れるかどうかを確認したが、大丈夫とのことだった。
実際にお店に行くと、座敷に上がる処にスロープが付いており、そのまま車
椅子で上がれた。(上がる前にタイヤを雑巾で拭いてくれた)
そして、廊下を通って座敷まで入り、個室は「堀炬燵形式」だったので、そ
こだけ車椅子から降ろして、座椅子に座ってもらった。
始る前にお袋に花束を渡して、「卆寿」のお祝いを伝えた。
今回のコース料理は、一品毎の量が少なく両親には丁度よかったようだ。
お袋も最後のお粥を少し残しただけで、殆ど平らげていた。
次は親父の「珍寿」(95歳)が2年後に控えているので、それまで元気に
頑張って欲しいところだ。
「チャイナ・梅の花」の料理です。
コース料理のお品書き
久し振りに親子全員が揃いました。
肝心のお袋が横を向いていますが!
お祝いということで、お店からのサービスです。
最後は「杏仁豆腐」でした。
花の季節。
2010年05月03日
今年のゴールデンウィークは天気が良さそうだ。
3月の春先から雨が多く寒い日が続いていたが、やっと本来の季節感が
甦ってきた。寒さのお陰で桜も例年になく長く鑑賞できたようだが、これ
からは暖かい日が続くだろう。
逆に今年の夏は猛暑だとの長期予報もあるが、ここ数年地球温暖化によ
る異常気象が続いており、野菜の高騰など市民生活や経済活動にも影響が
出ているのは確かだろう。
取りあえず、最近撮りためていた花の写真をアップする。
2週間の休暇?も終わり、本日福岡の実家へ戻る。ブログの更新頻度が少
し減るだろうが、ボチボチと綴っていく予定である。
近くの小学校の校門前に咲いていた「チューリップ」です。

「生駒ふろーらむ」に咲いていた「ライラック」です。

同じく三色の「チューリップ」です。

同じく二色の「チューリップ」です。

近くの公園に咲いていた「アカツメグサ」です。

「ラナンキュラス」も満開でした。

「ならやま大通り」の西登美ヶ丘に新しく
柿の葉すし本舗の「たなか」がオープンしました。
3月の春先から雨が多く寒い日が続いていたが、やっと本来の季節感が
甦ってきた。寒さのお陰で桜も例年になく長く鑑賞できたようだが、これ
からは暖かい日が続くだろう。
逆に今年の夏は猛暑だとの長期予報もあるが、ここ数年地球温暖化によ
る異常気象が続いており、野菜の高騰など市民生活や経済活動にも影響が
出ているのは確かだろう。
取りあえず、最近撮りためていた花の写真をアップする。
2週間の休暇?も終わり、本日福岡の実家へ戻る。ブログの更新頻度が少
し減るだろうが、ボチボチと綴っていく予定である。
近くの小学校の校門前に咲いていた「チューリップ」です。
「生駒ふろーらむ」に咲いていた「ライラック」です。
同じく三色の「チューリップ」です。
同じく二色の「チューリップ」です。
近くの公園に咲いていた「アカツメグサ」です。
「ラナンキュラス」も満開でした。
「ならやま大通り」の西登美ヶ丘に新しく
柿の葉すし本舗の「たなか」がオープンしました。
高松・思い出ツアー。
2010年05月02日
昔、転勤族で高松に6年程住んでいたが、久し振りに家族で「讃岐うどん」を
日帰りドライブで食べに行こうとなった。
5月1日はゴールデンウィークの初日で高速道路も渋滞が多いだろうと予測
していたが、やはり阪神高速や淡路島・四国方面はかなり混んでいた。
ただ、早朝6時に家を出発したので、最初の目的地・香川県の津田サービス
エリアには9時前についた。そこで朝食替わりの「讃岐うどん」を食べ、その後
一路高松へ向かった。
昼前に高松へ着き、思い出の「マンション」や「小学校」などを見て回った。
20年以上前なので、道路や街の雰囲気はかなり変化していた。
その後、昼食は事前に調べて決めていた、「骨付鶏・一鶴」へ向かった。これ
は、ニンニクや胡椒などの香辛料をタップリすり込んで焼いた鶏の手羽で、ひな
鶏とおや鶏の二種類がある。ひな鶏は柔らかく、親鳥は少し歯ごたえがある。
家族全員が「ひな鶏」と「鶏ご飯」を注文し一心不乱に骨付鶏にかぶりついた。
満腹になったところで、車を中央公園の地下駐車場へ止め、市内散策へと
繰り出した。商店街では、GWが始まったということもあり、「ミニコンサート」
や「ゆるキャラ」の登場など、色々な催しをやっていた。
びっくりしたのは、中央公園へ戻る途中で、会社の大先輩で「四国地区OB
会」のドンであるKT氏にばったり会ったことである。たまたま、お昼の散歩をさ
れておられたようで、その先輩が気がついてくれた。久し振りの偶然の再会に
話も弾んで、しばらく立ち話をした後別れた。世間は狭いと感じた!!
一通り散策したあと、最終目的地の「宮脇書店総本店」へ向かった。宮脇
書店は店舗数日本一で、ここの総本店には60万冊の蔵書がある。小さな
町の図書館などの蔵書数とは比較にならないほどの冊数である。
特徴も幾つかあり、出版社毎のコーナーや県別書籍のコーナー、全国の
「ゼンリン住宅地図」など、普通の本屋にはない本が広い建て屋内に並んで
いる。20年前には、あまりに大きすぎて「大規模店舗法」に触れるとして、
販売行為が許可されなかった。その店を図書館代わりにつかって、目的の
本が見つかったら、市内の店で購入するというシステムだった。
10年ほど前にその「大店法」が改正され、総本店でも販売が可能となった
ようだ。奈良県にも東生駒駅前など6ヶ所あり、ご存じの方も多いだろう。
もう一つの特徴は屋上に、遊園地があるということである。観覧車やゴー
カート、廻るコーヒーカップ、ミニプールなど、昔のデパートの屋上を想像
していただければ間違いないだろう。
久し振りに子供と「観覧車」に乗ったが、すきま風が激しく入り込み、足が
ふるえて生きた心地がしなかった。家内とは「コーヒーカップ」に乗り、昔
遊園地で遊んだような童心に返った。
帰りは、高松からフェリーで岡山県の宇野へ向かうことにしていた。20年前
は、まだ「瀬戸大橋」も「明石海峡大橋」もなく、岡山から香川へ渡るには宇高
連絡船か、宇高国道フェリーを利用するしかなかった。
今回は「思い出ツアー」ということで、そのルートを踏襲しようと考えてフェ
リーにしたものである。フェリーの乗船時間に少し時間があったので高松駅
周辺を散策し、喫茶コーナーでコーヒーと甘い物を頼んで一服した。
船上では潮風と寄り添うカモメが20年前の思い出を甦らせてくれた。
宇野港に到着後は、児島インター経由で高速の山陽道を通り、奈良へ一
目散に戻ってきた。帰りは遅くなったこともあり、宝塚での渋滞にも遭遇せず、
スムーズに運転できた。
途中のサービスエリアで夕食をかき込み、家に戻ったのは夜の10時ジ
ャストだった。運転は子供達と交代だったので楽をさせてもらった。
「骨付鶏」です。キャベツもついてかなり食べ応えがあります。
ビールはノンアルコールでした。

「一鶴」、「ikkaku」の文字入りです。

商店街で見かけた「ダースベーダ」です。

奈良の「せんとくん」も出張していました。
高松駅構内の展示コーナーにて!!

今回は「四国フェリー」を利用しました。

フェリーにはカモメが途中まで寄り添っていました。

肝心の「讃岐うどん」の写真は、食べる方に夢中で撮れませんでした。
日帰りドライブで食べに行こうとなった。
5月1日はゴールデンウィークの初日で高速道路も渋滞が多いだろうと予測
していたが、やはり阪神高速や淡路島・四国方面はかなり混んでいた。
ただ、早朝6時に家を出発したので、最初の目的地・香川県の津田サービス
エリアには9時前についた。そこで朝食替わりの「讃岐うどん」を食べ、その後
一路高松へ向かった。
昼前に高松へ着き、思い出の「マンション」や「小学校」などを見て回った。
20年以上前なので、道路や街の雰囲気はかなり変化していた。
その後、昼食は事前に調べて決めていた、「骨付鶏・一鶴」へ向かった。これ
は、ニンニクや胡椒などの香辛料をタップリすり込んで焼いた鶏の手羽で、ひな
鶏とおや鶏の二種類がある。ひな鶏は柔らかく、親鳥は少し歯ごたえがある。
家族全員が「ひな鶏」と「鶏ご飯」を注文し一心不乱に骨付鶏にかぶりついた。
満腹になったところで、車を中央公園の地下駐車場へ止め、市内散策へと
繰り出した。商店街では、GWが始まったということもあり、「ミニコンサート」
や「ゆるキャラ」の登場など、色々な催しをやっていた。
びっくりしたのは、中央公園へ戻る途中で、会社の大先輩で「四国地区OB
会」のドンであるKT氏にばったり会ったことである。たまたま、お昼の散歩をさ
れておられたようで、その先輩が気がついてくれた。久し振りの偶然の再会に
話も弾んで、しばらく立ち話をした後別れた。世間は狭いと感じた!!
一通り散策したあと、最終目的地の「宮脇書店総本店」へ向かった。宮脇
書店は店舗数日本一で、ここの総本店には60万冊の蔵書がある。小さな
町の図書館などの蔵書数とは比較にならないほどの冊数である。
特徴も幾つかあり、出版社毎のコーナーや県別書籍のコーナー、全国の
「ゼンリン住宅地図」など、普通の本屋にはない本が広い建て屋内に並んで
いる。20年前には、あまりに大きすぎて「大規模店舗法」に触れるとして、
販売行為が許可されなかった。その店を図書館代わりにつかって、目的の
本が見つかったら、市内の店で購入するというシステムだった。
10年ほど前にその「大店法」が改正され、総本店でも販売が可能となった
ようだ。奈良県にも東生駒駅前など6ヶ所あり、ご存じの方も多いだろう。
もう一つの特徴は屋上に、遊園地があるということである。観覧車やゴー
カート、廻るコーヒーカップ、ミニプールなど、昔のデパートの屋上を想像
していただければ間違いないだろう。
久し振りに子供と「観覧車」に乗ったが、すきま風が激しく入り込み、足が
ふるえて生きた心地がしなかった。家内とは「コーヒーカップ」に乗り、昔
遊園地で遊んだような童心に返った。
帰りは、高松からフェリーで岡山県の宇野へ向かうことにしていた。20年前
は、まだ「瀬戸大橋」も「明石海峡大橋」もなく、岡山から香川へ渡るには宇高
連絡船か、宇高国道フェリーを利用するしかなかった。
今回は「思い出ツアー」ということで、そのルートを踏襲しようと考えてフェ
リーにしたものである。フェリーの乗船時間に少し時間があったので高松駅
周辺を散策し、喫茶コーナーでコーヒーと甘い物を頼んで一服した。
船上では潮風と寄り添うカモメが20年前の思い出を甦らせてくれた。
宇野港に到着後は、児島インター経由で高速の山陽道を通り、奈良へ一
目散に戻ってきた。帰りは遅くなったこともあり、宝塚での渋滞にも遭遇せず、
スムーズに運転できた。
途中のサービスエリアで夕食をかき込み、家に戻ったのは夜の10時ジ
ャストだった。運転は子供達と交代だったので楽をさせてもらった。
「骨付鶏」です。キャベツもついてかなり食べ応えがあります。
ビールはノンアルコールでした。
「一鶴」、「ikkaku」の文字入りです。
商店街で見かけた「ダースベーダ」です。
奈良の「せんとくん」も出張していました。
高松駅構内の展示コーナーにて!!
今回は「四国フェリー」を利用しました。
フェリーにはカモメが途中まで寄り添っていました。
肝心の「讃岐うどん」の写真は、食べる方に夢中で撮れませんでした。
「あわじ花さじき」にて。
2010年04月30日
昨日は友人二人と淡路島の「あわじ花さじき」へ花を撮りに行ってきた。
初めは神戸の植物園の予定だったが、急遽変更して淡路島まで足を伸ば
すことになった。
早朝5時半に起きて、朝食抜き6時出発の強行軍だった。三ノ宮で二人と
落ち合って、本四海峡バス(高速バス)大磯号で一路淡路島へ向かった。
終点の東浦バスターミナルで降りて、そこからタクシーに乗り換え、丘を
登って約10分ほどで目的地の「あわじ花さじき」に到着した。
到着したのが、9時頃でまだ準備中の店が多く、弁当やパンなどの食料は
届いていなかった。やむなく腹ごしらえのために、土産物の「魚の揚げ天」と
「温かいコーヒー」で飢えをしのいだ。
三人は12時集合の約束をして、そこで別れて別行動をすることにした。
本来一緒に行動するものだが、撮影の取り組み姿勢で、じっくり型と行動
型とがあり、その撮影パターンの違いから別行動する方がお互いに気を使わ
ずに済むことから、最近はそのようにしている。(我が輩は行動型)
少し早かったが11時半頃にはその公園を廻りきったので、二人は自然に待
ち合わせ場所に戻っていた。弁当を買っている間に、もう一人を携帯電話で
呼び出して、戻ってきたところで一緒に昼食を取った。
食事の後は神戸へ戻る予定だったが、少し時間が早かったので、タクシー
を呼んで、近くの「淡路夢舞台」へ向かった。ここは2000年の「淡路花博」の
メイン会場で、丁度10周年記念の「花みどりフェア」が開催されていた。
そこでも散策したり温室へ入ったりしながら、何枚か花の写真を撮った。
その後、高速バスで神戸へ戻った。神戸では、その友人の一人が写真クラ
ブの展示会に出品しており、その展示会の作品を見る事にしていた。
友人は3枚の作品を展示しており、それぞれなかなかの出来映えだった。
一部の写真は以前一緒に撮りに行ったときのもので、見覚えがあった。
展示会見学終了後は「モザイク」へ食事に出かけた。久し振りにビールで
乾杯しながら、当日の撮影会の反省や次回の日程打合せなどを談笑した。
「あわじ花さじき」の看板です。

展望台からの眺めです。

「リナリス」(姫金魚草)と「菜の花」や
「ムラサキハナナ」が縞模様を作っていました。

「ポピー」がそろそろ出番のようでした。

「リナリス」と「菜の花」の競演です。

下の牧場では牛たちがのんびりと草を食べていました。

ここからは「夢舞台」の写真です。
チューリップがまだ少し残っていました。

「リビングストン・デージー」が
絨毯のように咲き誇ってていました。

「ケマンソウ」も可憐に風になびいていました。

「ポプラ」の木をバックに「アネモネ」が
春の日差しを浴びていました。
初めは神戸の植物園の予定だったが、急遽変更して淡路島まで足を伸ば
すことになった。
早朝5時半に起きて、朝食抜き6時出発の強行軍だった。三ノ宮で二人と
落ち合って、本四海峡バス(高速バス)大磯号で一路淡路島へ向かった。
終点の東浦バスターミナルで降りて、そこからタクシーに乗り換え、丘を
登って約10分ほどで目的地の「あわじ花さじき」に到着した。
到着したのが、9時頃でまだ準備中の店が多く、弁当やパンなどの食料は
届いていなかった。やむなく腹ごしらえのために、土産物の「魚の揚げ天」と
「温かいコーヒー」で飢えをしのいだ。
三人は12時集合の約束をして、そこで別れて別行動をすることにした。
本来一緒に行動するものだが、撮影の取り組み姿勢で、じっくり型と行動
型とがあり、その撮影パターンの違いから別行動する方がお互いに気を使わ
ずに済むことから、最近はそのようにしている。(我が輩は行動型)
少し早かったが11時半頃にはその公園を廻りきったので、二人は自然に待
ち合わせ場所に戻っていた。弁当を買っている間に、もう一人を携帯電話で
呼び出して、戻ってきたところで一緒に昼食を取った。
食事の後は神戸へ戻る予定だったが、少し時間が早かったので、タクシー
を呼んで、近くの「淡路夢舞台」へ向かった。ここは2000年の「淡路花博」の
メイン会場で、丁度10周年記念の「花みどりフェア」が開催されていた。
そこでも散策したり温室へ入ったりしながら、何枚か花の写真を撮った。
その後、高速バスで神戸へ戻った。神戸では、その友人の一人が写真クラ
ブの展示会に出品しており、その展示会の作品を見る事にしていた。
友人は3枚の作品を展示しており、それぞれなかなかの出来映えだった。
一部の写真は以前一緒に撮りに行ったときのもので、見覚えがあった。
展示会見学終了後は「モザイク」へ食事に出かけた。久し振りにビールで
乾杯しながら、当日の撮影会の反省や次回の日程打合せなどを談笑した。
「あわじ花さじき」の看板です。
展望台からの眺めです。
「リナリス」(姫金魚草)と「菜の花」や
「ムラサキハナナ」が縞模様を作っていました。
「ポピー」がそろそろ出番のようでした。
「リナリス」と「菜の花」の競演です。
下の牧場では牛たちがのんびりと草を食べていました。
ここからは「夢舞台」の写真です。
チューリップがまだ少し残っていました。
「リビングストン・デージー」が
絨毯のように咲き誇ってていました。
「ケマンソウ」も可憐に風になびいていました。
「ポプラ」の木をバックに「アネモネ」が
春の日差しを浴びていました。
平城遷都1300年祭見てある記。
2010年04月27日
昨日のクイズの回答は以下の通りです。
①キラリと光る玉の向こうに??
→大極殿の欄干の宝珠を、朱雀門をバックに撮りました。
②竹の束のようですが??
→遣唐使船には、こぎ手を乗せる櫓棚(やぐらだな)が両脇にあり、
その下に波よけと復原力を増す目的で竹の束が縛り付けられていま
した。従って正解は「遣唐使船の櫓棚の下の竹の束」です。
③立派な金の鳳凰ですね??
→東院庭園内にある二階建「隅楼」の屋根に立つ鳳凰です。
④赤地に金ボタン??
→大極殿の裏側の扉の飾りです。
⑤「せんとくん」の向こうに??
→やはり、バックは朱雀門でエントランス広場の南側から撮りました。
今日は、「平城遷都1300年祭」見てある記ということで、昨日行った
会場の中身を少し紹介する。
朝9時に家を出て、会場には10時前に着いた。最初に「平城歴史館」
(パビリオン)入場のための整理券を貰いにエントランス広場に向かった。
途中で70歳台後半のご老人に声をかけられ、話していると同じ目的
だったので、一緒にエントランス広場を目指した。広場の案内所で整理
券の受け取り場所を聞いて、そこまで一緒に行って整理券を貰った。
入場整理券の時間は11時20分だったので、一時間以上待ち時間が
あり、そこでご老人とは別れた。
整理券の受け渡し方法や場所が判りづらく、今後の改善策を期待したい。
時間つぶしに大極殿まで足を伸ばしたが、昨日は平日ということもあり、
比較的にゆっくりと中を見物できた。その後、整理券の時間が近づいたの
で「平城歴史館」へ向かった。
ここでは各種展示のほかに、2ヶ所のシアターがあり、そこが座席数の
関係もあってかなり混んでいた。「遣唐使船」もこの建物から乗れるよう
になっていた。
歴史館から出てきた時は、丁度お昼の時間だったので、エントランス広
場のフード・コーナーで昼食を取った。このエントランス広場にはその他
にも、「公式記念品ショップ」や「奈良の味館」などのおみやげ屋があり、
沢山の人で賑わっていた。
食事の後は、気になっていた「東院庭園広場」に向かい、ガイドの方の
話を聞きながら、一廻りした。ここは皇太子の宮殿で「東宮」呼ばれてい
たようで、現代にも受け継がれているのかなと思った。
「東院庭園広場」に行く途中には、屋台(車)が何台も並んで食べ物を
売っていた。ホットドッグなど美味しそうな匂いが漂っていた。
今回はここまでが目的だったので、帰路についたが、途中以前からある
「遺構展示館」と新しくリニューアルされた「平城宮跡資料館」を見学し
て帰った。帰る途中で佐伯門近くの交流広場の「まほろばステージ」前で
奈良時代の衣装を着て踊るイベントがあったので、思わずカメラを向けた。
シルクロードの贈り物のような山車があり、ダンサーもオリエント風の
衣装を身につけて踊っていた。「あをによしパレード」となっていた。
次回は「エントランス広場」で探訪ツアーの申し込みをして廻りたいと
思った。また「体験学習広場」(もう一つのパビリオン)も未体験だった
ので、それにも挑戦しようと思っている。朱雀門近くの「平成木簡」作成
場所もまだ未体験である。次は5月中旬になるだろう。
平城遷都1300祭に合わせて作られた「大極殿」です。
やはり、威風堂々としており威圧感がありますね。

「高御座」(たかみくら)です。
ドラマ「大仏開眼」にもでていました。
後ろの壁には上村淳之さんによる
四神獣と十二支の一部が見えます。

「玉座」(ぎょくざ)です。
ドラマでは聖武天皇がお座りになられていました。

会場の真ん中に近鉄電車が走っており、
踏切に外人さんがビックリしていました。

復元された「遣唐使船」で、全長30mあります。
140人前後が乗り込んだようです。
船の両脇には櫓棚(やぐらだな)があり、その下に竹の束が見えます。

遷都祭の期間中でも奈文研の方?が
発掘調査を黙々とやっておられました。

「ハートフル・カート」です。身障者、老人の方などが対象です。
もう一つ「ハートフル・トラム」という3~4両の連結車もあります。

「あをによしパレード」で、11時と14時半に開催されます。
「まほろばステージ」では催し物が色々とありますので、事前に
時間などを確認して出かけた方が、より楽しめるでしょう。

オリエント風のダンサーが楽しそうに踊っていました。
①キラリと光る玉の向こうに??
→大極殿の欄干の宝珠を、朱雀門をバックに撮りました。
②竹の束のようですが??
→遣唐使船には、こぎ手を乗せる櫓棚(やぐらだな)が両脇にあり、
その下に波よけと復原力を増す目的で竹の束が縛り付けられていま
した。従って正解は「遣唐使船の櫓棚の下の竹の束」です。
③立派な金の鳳凰ですね??
→東院庭園内にある二階建「隅楼」の屋根に立つ鳳凰です。
④赤地に金ボタン??
→大極殿の裏側の扉の飾りです。
⑤「せんとくん」の向こうに??
→やはり、バックは朱雀門でエントランス広場の南側から撮りました。
今日は、「平城遷都1300年祭」見てある記ということで、昨日行った
会場の中身を少し紹介する。
朝9時に家を出て、会場には10時前に着いた。最初に「平城歴史館」
(パビリオン)入場のための整理券を貰いにエントランス広場に向かった。
途中で70歳台後半のご老人に声をかけられ、話していると同じ目的
だったので、一緒にエントランス広場を目指した。広場の案内所で整理
券の受け取り場所を聞いて、そこまで一緒に行って整理券を貰った。
入場整理券の時間は11時20分だったので、一時間以上待ち時間が
あり、そこでご老人とは別れた。
整理券の受け渡し方法や場所が判りづらく、今後の改善策を期待したい。
時間つぶしに大極殿まで足を伸ばしたが、昨日は平日ということもあり、
比較的にゆっくりと中を見物できた。その後、整理券の時間が近づいたの
で「平城歴史館」へ向かった。
ここでは各種展示のほかに、2ヶ所のシアターがあり、そこが座席数の
関係もあってかなり混んでいた。「遣唐使船」もこの建物から乗れるよう
になっていた。
歴史館から出てきた時は、丁度お昼の時間だったので、エントランス広
場のフード・コーナーで昼食を取った。このエントランス広場にはその他
にも、「公式記念品ショップ」や「奈良の味館」などのおみやげ屋があり、
沢山の人で賑わっていた。
食事の後は、気になっていた「東院庭園広場」に向かい、ガイドの方の
話を聞きながら、一廻りした。ここは皇太子の宮殿で「東宮」呼ばれてい
たようで、現代にも受け継がれているのかなと思った。
「東院庭園広場」に行く途中には、屋台(車)が何台も並んで食べ物を
売っていた。ホットドッグなど美味しそうな匂いが漂っていた。
今回はここまでが目的だったので、帰路についたが、途中以前からある
「遺構展示館」と新しくリニューアルされた「平城宮跡資料館」を見学し
て帰った。帰る途中で佐伯門近くの交流広場の「まほろばステージ」前で
奈良時代の衣装を着て踊るイベントがあったので、思わずカメラを向けた。
シルクロードの贈り物のような山車があり、ダンサーもオリエント風の
衣装を身につけて踊っていた。「あをによしパレード」となっていた。
次回は「エントランス広場」で探訪ツアーの申し込みをして廻りたいと
思った。また「体験学習広場」(もう一つのパビリオン)も未体験だった
ので、それにも挑戦しようと思っている。朱雀門近くの「平成木簡」作成
場所もまだ未体験である。次は5月中旬になるだろう。
平城遷都1300祭に合わせて作られた「大極殿」です。
やはり、威風堂々としており威圧感がありますね。
「高御座」(たかみくら)です。
ドラマ「大仏開眼」にもでていました。
後ろの壁には上村淳之さんによる
四神獣と十二支の一部が見えます。
「玉座」(ぎょくざ)です。
ドラマでは聖武天皇がお座りになられていました。
会場の真ん中に近鉄電車が走っており、
踏切に外人さんがビックリしていました。
復元された「遣唐使船」で、全長30mあります。
140人前後が乗り込んだようです。
船の両脇には櫓棚(やぐらだな)があり、その下に竹の束が見えます。
遷都祭の期間中でも奈文研の方?が
発掘調査を黙々とやっておられました。
「ハートフル・カート」です。身障者、老人の方などが対象です。
もう一つ「ハートフル・トラム」という3~4両の連結車もあります。
「あをによしパレード」で、11時と14時半に開催されます。
「まほろばステージ」では催し物が色々とありますので、事前に
時間などを確認して出かけた方が、より楽しめるでしょう。
オリエント風のダンサーが楽しそうに踊っていました。
遷都1300年祭クイズ。
2010年04月26日
本日、「平城遷都1300年祭」に行ってきました。
この写真の撮影場所は何処でしょう! もちろん遷都祭の会場内です。
5問全問正解の方には、賞品として・・・とは言っても、まだ殆どの方が
未体験だと思いますので、正解は無理でしょうね。
明日、回答をブログに書きますので、興味のある方は会場内で探して
下さい。
①キラリと光る玉の向こうに??

②竹の束のようですが??

③立派な金の鳳凰ですね??

④赤地に金ボタン??

⑤「せんとくん」の向こうに??
この写真の撮影場所は何処でしょう! もちろん遷都祭の会場内です。
5問全問正解の方には、賞品として・・・とは言っても、まだ殆どの方が
未体験だと思いますので、正解は無理でしょうね。
明日、回答をブログに書きますので、興味のある方は会場内で探して
下さい。
①キラリと光る玉の向こうに??
②竹の束のようですが??
③立派な金の鳳凰ですね??
④赤地に金ボタン??
⑤「せんとくん」の向こうに??
ジョギング道すがら。
2010年04月25日
昨日は奈良で久し振りのジョギングだった。
本当は「平城京遷都1300年祭」に行きたかったが、初日は混んでいる
と思いパスしたものである。26日(月)には行く予定。
やっと日差しが春の装いを帯びてきたが、まだ肌寒い一日だった。
ただ、野原や公園には春の花達が、その日差しを目当てに花開いていた。
生駒市の真弓で人気の食事処「千草庵」が店仕舞いしていたが、やっと
その後釜が判った。「かしき屋福茂千」だ。近くに2店あるが、これで3
店目である。「千草庵」も流行っていたが、それぞれ事情があるのだろう!
3店目は「甘羅舎 福茂千」となっていた。食事と甘味処のようだ。
4月23日がオープンとなっていたが、当日のチラシも入って無く、
静かなオープンという感じだった。
また、今度家族で入るつもりである。甘党には受けるかも知れないが。
「ラナンキュラス」です。
花言葉は「晴れやかな魅力」。

公園の「モッコウバラ」(木香薔薇)です。
この時期、あちらこちらで咲いています。

「ハルジオン」(春紫苑)です。
北アメリカ原産の帰化植物です。

「ムラサキサギゴケ」(紫鷺苔)です。
初めて見つけた野草です。畦に群れて咲いていました。

これも公園で見かけた「ハナズオウ」(花蘇芳)です。

新しい3店目の「福茂千」の看板です。

開店案内とメニューの一部が出ていました。
本当は「平城京遷都1300年祭」に行きたかったが、初日は混んでいる
と思いパスしたものである。26日(月)には行く予定。
やっと日差しが春の装いを帯びてきたが、まだ肌寒い一日だった。
ただ、野原や公園には春の花達が、その日差しを目当てに花開いていた。
生駒市の真弓で人気の食事処「千草庵」が店仕舞いしていたが、やっと
その後釜が判った。「かしき屋福茂千」だ。近くに2店あるが、これで3
店目である。「千草庵」も流行っていたが、それぞれ事情があるのだろう!
3店目は「甘羅舎 福茂千」となっていた。食事と甘味処のようだ。
4月23日がオープンとなっていたが、当日のチラシも入って無く、
静かなオープンという感じだった。
また、今度家族で入るつもりである。甘党には受けるかも知れないが。
「ラナンキュラス」です。
花言葉は「晴れやかな魅力」。
公園の「モッコウバラ」(木香薔薇)です。
この時期、あちらこちらで咲いています。
「ハルジオン」(春紫苑)です。
北アメリカ原産の帰化植物です。
「ムラサキサギゴケ」(紫鷺苔)です。
初めて見つけた野草です。畦に群れて咲いていました。
これも公園で見かけた「ハナズオウ」(花蘇芳)です。
新しい3店目の「福茂千」の看板です。
開店案内とメニューの一部が出ていました。
温泉巡り(竹の郷温泉)。
2010年04月23日
昨日、友人と温泉にでかけた。今回は京都の友人が当番だったので、
近鉄丹波橋の駅で待ち合わせした。
4人揃ったところで車で出発したが、生憎の雨だったので物見遊山
はカットして、温泉へ直行することになった。
本来は京都西山の「善峰寺」へ行く予定だったようだが、雨だった
ので今回はパスすることにした。
目的の温泉が近づくと、見覚えのある景色が目に入ってきた。京都
の向日町から北へ車は走っていった。着いたのは洛西ニュータウンの
「ホテル エミナース」だった。
この中に「竹の郷温泉」という日帰り温泉があり、そこが今日の目
的地だった。ただ、入り口の所を見ると「本日リニューアルオープン」
となっていた。京都の友人も最近リニューアルしたことは知っていた
が、今日がオープンの日だとは知らなかったようだ。一日早かったら
別の温泉を探す羽目になっていたところだった。
洛西ニュータウンは30年ほど前に初めてマンションを購入したと
ころで、5~6年住んでいた団地である。子供が幼稚園から小学生に
入るころで、ご近所とハイキングで「善峰寺」などよく行ったものだ。
久し振りの温泉にゆっくり浸かり、その後レストランで生ビールを
飲みながら楽しく歓談した。
帰りには少し寄り道をしてもらい、かって住んでいたマンションが
まだ残っていることを確認して、帰路についた。
「リニューアルオープン」の花束です。

「竹の郷温泉」の看板です。本来は「竹の里」という地名ですが、
「竹の郷」の方が語感がいいのでそうしたのでしょう。
珍しくボーリング場も併設されています。

リニューアルされたホテルのエントランス部分。
「竹の郷」に合わせて、植木が竹になってました。

近鉄丹波橋の駅で待ち合わせした。
4人揃ったところで車で出発したが、生憎の雨だったので物見遊山
はカットして、温泉へ直行することになった。
本来は京都西山の「善峰寺」へ行く予定だったようだが、雨だった
ので今回はパスすることにした。
目的の温泉が近づくと、見覚えのある景色が目に入ってきた。京都
の向日町から北へ車は走っていった。着いたのは洛西ニュータウンの
「ホテル エミナース」だった。
この中に「竹の郷温泉」という日帰り温泉があり、そこが今日の目
的地だった。ただ、入り口の所を見ると「本日リニューアルオープン」
となっていた。京都の友人も最近リニューアルしたことは知っていた
が、今日がオープンの日だとは知らなかったようだ。一日早かったら
別の温泉を探す羽目になっていたところだった。
洛西ニュータウンは30年ほど前に初めてマンションを購入したと
ころで、5~6年住んでいた団地である。子供が幼稚園から小学生に
入るころで、ご近所とハイキングで「善峰寺」などよく行ったものだ。
久し振りの温泉にゆっくり浸かり、その後レストランで生ビールを
飲みながら楽しく歓談した。
帰りには少し寄り道をしてもらい、かって住んでいたマンションが
まだ残っていることを確認して、帰路についた。
「リニューアルオープン」の花束です。
「竹の郷温泉」の看板です。本来は「竹の里」という地名ですが、
「竹の郷」の方が語感がいいのでそうしたのでしょう。
珍しくボーリング場も併設されています。
リニューアルされたホテルのエントランス部分。
「竹の郷」に合わせて、植木が竹になってました。
龍馬の足跡。
2010年04月20日
福岡から奈良へ戻る途中で、山口・萩へ立ち寄った。
学生時代の友人が山口におり、以前から帰りの道中で寄り道したらとの
誘いがあったので、お言葉に甘えた次第である。
昼前に山口に到着し、毛利家の墓や幕末の薩長連合の密会所など市内の
名所旧跡を廻り、その後萩へ向かった。
萩は吉田松陰の「松下村塾」が有名で、幕末に活躍した「木戸孝允」、
「久坂玄瑞」、「高杉晋作」、「伊藤博文」などを生み出した所である。
つい最近の新聞記事でも、久坂玄瑞から土佐藩の武市半平太への手紙を
坂本龍馬が預かって持って帰ったが、その手紙が発見されたと出ていた。
龍馬はこの年の1月に萩を訪問し、3月には土佐藩を脱藩しているから
ここで得た影響は大きなものがあったと思われる。
龍馬ファンとしては、昨年末には長崎の坂本龍馬の足跡を尋ねており、
今回は山口・萩を尋ねる事になり、非常に満足できた旅だった。
夕方山口へ戻り、ゆっくりと温泉に浸かり、夜はその友人と奥様の三人
で夜の町へ繰り出し、久し振りの焼き肉をご馳走になった。
翌日はパソコンの幾つかの設定を尋ねられたので、それを調整しプリン
ターの接続を手伝ってお返しをさせてもらった。
ついでに電池切れの時計の交換もお願いしてしまった。(これが本職)
萩の入り口に関所のような建物が道路を跨いでいました。
一月前まで有料道路の料金所があったとのことでした。

土佐藩の「坂本龍馬」が「武市半平太」の手紙を長州藩の
「久坂玄瑞」に持っていった時に、丁度居合わせた薩摩藩の
「田上藤七」と話をし、薩長土連合の前触れとなったようです。

石碑「薩長土連合密議之処」、昭和43年に建立とありました。

「坂本龍馬」、「久坂玄瑞」、「田上藤七」の名が記されていました。

「松下村塾」です。ここから維新の歴史が始まりました。

「松下村塾」の看板です。1857年とあり明治維新の10年前ですね。
学生時代の友人が山口におり、以前から帰りの道中で寄り道したらとの
誘いがあったので、お言葉に甘えた次第である。
昼前に山口に到着し、毛利家の墓や幕末の薩長連合の密会所など市内の
名所旧跡を廻り、その後萩へ向かった。
萩は吉田松陰の「松下村塾」が有名で、幕末に活躍した「木戸孝允」、
「久坂玄瑞」、「高杉晋作」、「伊藤博文」などを生み出した所である。
つい最近の新聞記事でも、久坂玄瑞から土佐藩の武市半平太への手紙を
坂本龍馬が預かって持って帰ったが、その手紙が発見されたと出ていた。
龍馬はこの年の1月に萩を訪問し、3月には土佐藩を脱藩しているから
ここで得た影響は大きなものがあったと思われる。
龍馬ファンとしては、昨年末には長崎の坂本龍馬の足跡を尋ねており、
今回は山口・萩を尋ねる事になり、非常に満足できた旅だった。
夕方山口へ戻り、ゆっくりと温泉に浸かり、夜はその友人と奥様の三人
で夜の町へ繰り出し、久し振りの焼き肉をご馳走になった。
翌日はパソコンの幾つかの設定を尋ねられたので、それを調整しプリン
ターの接続を手伝ってお返しをさせてもらった。
ついでに電池切れの時計の交換もお願いしてしまった。(これが本職)
萩の入り口に関所のような建物が道路を跨いでいました。
一月前まで有料道路の料金所があったとのことでした。
土佐藩の「坂本龍馬」が「武市半平太」の手紙を長州藩の
「久坂玄瑞」に持っていった時に、丁度居合わせた薩摩藩の
「田上藤七」と話をし、薩長土連合の前触れとなったようです。
石碑「薩長土連合密議之処」、昭和43年に建立とありました。
「坂本龍馬」、「久坂玄瑞」、「田上藤七」の名が記されていました。
「松下村塾」です。ここから維新の歴史が始まりました。
「松下村塾」の看板です。1857年とあり明治維新の10年前ですね。

